これは、学校の模擬裁判に使っているシナリオの内容で、実践研究報告書をもとに作成されたものです。
自分ならどんな判決を下すか考えてみてほしいです。
第1日目
《冒頭手続》
(1)人定質問
裁判長:それでは開廷します。被告人は証言台に立って下さい。名前はなんと言いますか。
被告人:大木和弘です。
裁判長:年齢は?
被告人:25歳です。
裁判長:本籍•住所•職業は、起訴状記載の通りですね。
被告人:はい。
(2)起訴状朗読
裁判長:これからあなたに対する殺人被告事件の審理を始めます。検察官が起訴状を朗読するので、聞いていて下さい。それでは検察官どうぞ。
検察官:公訴事実 被告人は、平成22年12月24日午後8時過ぎころ、大阪府吹田市江の木町10番15号江の木マンション203号室の中居香織方において、殺意をもって、持っていたバタフライナイフ(刃渡り約10cm)で中居香織(当時23歳)の胸部•腹部3ヶ所を突き刺し、その日の午後8時30分ころ、その場で中居香織を胸部•腹部の刺し傷により死亡させて殺害したものである。罪名及び罰条 殺人、刑法第199条
(3)黙秘権告知
裁判長:被告人には黙秘権がありますから、答えたくない質問にはこたえなくても構いません。また、自分から進んで発言することもできます。ただし、この法廷で発言したことは、あなたにとって有利にも不利にも証拠となります。ですから、発言するときには、よく考えてから話して下さい。
(4)罪状認否
裁判長:その上で伺いますが、今、検察官が読み上げた事実に間違いはありませんか。
被告人:はい、違います。自分は中居さんを殺してはいません。その日はマンションにも行っていません。
裁判長:弁護人のご意見は?
弁護人:被告人は被害者を殺害していません。無罪です。
(5)検察官•冒頭陳述
裁判長:それでは被告人は席に戻って下さい。検察官、冒頭陳述をどうぞ。
検察官:罪名 殺人、被告人 大木和弘
第1 はじめに
この事件は、平成22年12月24日午後9時ころ、江の木マンション203号室で、この部屋に住む被害者中居香織さんが胸や腹を3ヶ所を刺されて殺されてるのが発見され、警察が捜査した結果、被害者と以前交際のあった被告人が犯人として逮捕され、起訴されたという殺人事件である。
被告人は、自分は被害者を殺していないと主張している。
そこで、検察官は、以下に述べる証拠によって被告人が被害者を殺害した犯人であることを立証する。
第2 犯人は被告人であること
1 被告人は、被害者に対してストーカー行為を繰り返しており、交際を断った被害者を逆恨みして殺害しようと決意する動機があった。
被告人は、事件の1年位前から被害者の部屋で一緒に暮らしていたが、仕事もせずにパチンコや競馬ばかりしていた為、平成22年9月ころ、愛想を尽かした被害者から別れ話を持ち出されて被害者の部屋から追い出された。しかし、諦めきれない被告人は、その後も被害者に、何度も電話をかけたり、被害者のマンション近くで待ち伏せするなどといったストーカー行為を繰り返して、しつこく交際を迫っていたが、その度に被害者から断られていた。さらに被告人は事件の1週間位前から、堺市の自宅から電車で約1時間もかかる、被害者のマンションから近いケーキ屋「ラ•フジタ」でアルバイトをするようになって、事件当日を迎えた。そのような経緯から、被告人は、事件当日、後に述べるように被害者の部屋を訪れた際、交際を断られて逆恨みし、被害者を殺害しようと決意する動機があった。
以上の事実は、被害者の友人であった証人伊藤和子の証言などにより立証する。
なお、被害者は自宅のダイニングキッチンで殺されており、被害者の部屋から金目の物が奪われたり、室内が荒らされた形跡はなかった。
2 被告人は、事件当日の午後8時過ぎころ、アルバイト先の「ラ•フジタ」のケーキが入った箱を持って被害者の部屋を訪れている。
被告人が、事件当日、「ラ•フジタ」でケーキ販売等の仕事をしていた。この事実に争いがない。事件後、被害者の部屋から「ラ•フジタ」のケーキが入った箱が発見され、この箱に被告人の指紋が付いていた。この事実も争いがない。
後に述べるように、被告人は事件当日の午後8時20~25分ころ、被害者のマンション前で目撃されている。
これらの事実により、被告人が事件当日、「ラ•フジタ」のケーキが入った箱を持って被害者の訪れており、その時刻は犯行時刻である午後8時過ぎころであることを立証する。
3 被告人は、犯行に使用したバタフライナイフを被害者のマンション裏の藪に捨てている。事件後、被害者のマンション裏の藪の中からバタフライナイフが発見され、このナイフには被害者の血が付着していた。このナイフで被害者が刺されて殺されたことは争いがない。このナイフは、被告人が以前から持ち歩いていた物と特徴が一致している。
この事実と他の事実(1,2,4の事実)を併して、このナイフは、被告人が被害者の殺害に使用した後、被害者のマンション裏の藪に捨てたものであることを立証する。
4 被告人は、事件当日の午後8時20~25分ころ、被害者のマンション前の道路で、血の付いたサンタクロースの衣装を着て、自転車で「ラ•フジタ」方面に向かっているところを目撃されている。この事実は、目撃者である証人廣澤幹男の証言により立証する。
なお、被告人が、事件当日「ラ•フジタ」で営業用のサンタクロースの衣装を着ていた事実は争いがない。
第3 犯行の状況
第2の1~4の証拠及び事実を総合することにより、被告人は
①事件当日の午後8時前後ころ、アルバイト先の「ラ•フジタ」のケーキが入った箱を持ち、営業用のサンタクロースの衣装を着たまま店を抜け出し、自転車で被害者のマンションに行った。
②午後8時過ぎころ、被害者の部屋を訪れ、被害者に交際を断られたことを逆恨みして、被害者を殺害しようという気になり、持っていたバタフライナイフで被害者の胸や腹3ヶ所を突き刺して殺害した。
③バタフライナイフを被害者のマンション裏の藪に捨てた上、返り血を浴びたサンタクロースの衣装を着たまま、自転車で「ラ•フジタ」に戻ろうとしたところ、午後8時20~25分ころ、被害者のマンション前の道路で、廣澤幹男に目撃された。
以上の事実を立証する。
(6)弁護人•冒頭陳述
裁判長:弁護人、冒頭陳述をどうぞ。
弁護人:
1 裁判員の皆さん、先程検察官が朗読した起訴状に書かれていることは、検察官が皆さんに、これがあったと判断してほしい事実が記載されているだけのものです。そして、検察官が先程話した冒頭陳述、これは検察官が考えた事件のストーリーでしかありません。そして、検察官は、先程朗読された起訴状に書かれている事実が間違いなくあるということを証拠の物や書類や証人の証言から明らかにしなけばなりません。
しかし、被告人には無罪の推定が働いています。無罪の推定とは、皆さん方にはまず、この被告人はやっていないのだと考えてもらった上で、この裁判を見ていかなければならないということです。
そして、裁判員の皆さんは、これからこの法廷で行われる証人尋問や被告人質問から、被告人が間違いなく犯罪を行ったんだと思った時、始めて、有罪という判断をすることができるのです。もし皆さんの中に、検察官の言う事実があるというには躊躇いがある、常識に照らしたら疑問だなあと感じる、そういうときは有罪とはいえません。普通の人なら誰しもが「この人は、やっていないのではないか」という疑問を感じる筈、と思った時には無罪にしなければならない、これが刑事裁判の大原則です。
弁護人は、これから、被告人の言い分や関係者の証言をもとに、検察官の見方とは全く異なった事実を提示します。しかし、弁護人が提示した事実が間違いないかどうかが問題となるのではありません。弁護人が提示した事実によって、検察官の主張した事実に疑問がわいてくるのかどうかが、刑事裁判では問題となるのです。裁判員の皆さんは先程検察官の主張した事実があるといえるのかを、これからの本法廷での審理をもとに、判断して下さい。
2 では、事件の話をしましょう。平成22年12月24日午後9時ころ、本件被害者が、自宅マンションで何者かによって胸部•腹部を3ヶ所刺されて死亡しているのが発見され、遺体を解剖した結果、本件犯行時刻は午後8時過ぎころであると特定されました。犯人は、午後8時過ぎころに被害者をナイフで突き刺したのです。
しかし、犯人とされた被告人はその時間、アルバイトをしていたケーキ屋「ラ•フジタ」店頭でクリスマスケーキの販売やビラ配りの仕事をしていたのです。被告人は、犯行現場である被害者マンションに行っていないのです。
本件犯行現場には「ラ•フジタ」のケーキの箱が残されていたようです。しかし、そこからすぐに被告人が持って行ったと考えるのは早計です。このことは、「ラ•フジタ」店長の湊信子さんの証人尋問や被告人質問で明らかになるでしょう。
また検察官は、本件犯行時刻の午後8時過ぎころに被害者の自宅マンション近くで目撃されたサンタクロースの格好をした人物が被告人であると、目撃者の廣澤さんの証人尋問で明らかにすると主張しています。ですが、その目撃が正確なのか、信用できるのか、皆さんよく考えて判断して下さい。廣澤さんが見たサンタクロースが被告人ではない可能性のあることがおわかりいただける筈です。
加えて、検察官は、被告人には殺害の動機がある、と主張しました。しかし被告人は、香織さんを思いやる気持ちを持っていたのであり、彼女に恨みなどなかったのです。被害者を殺害する動機など全くありません。
弁護人が、証拠によって明らかにしたいと考えている事実は、およそこの2であります。
3 まず、犯行時刻前後のケーキ屋「ラ•フジタ」の様子や、この頃被告人が「ラ•フジタ」の店先にずっといたことを「ラ•フジタ」店長湊信子さんに証言してもらいます。
更に被告人質問によって、真相を明らかにします。
4 以上の証拠により、弁護人は、本件犯行時刻に被告人が「ラ•フジタ」の店先でケーキの販売やビラ配りなどを行っていたこと、そもそも、被告人には被害者を殺害する動機がないことを明らかにします。
以上
というベタなくせに、判決を下すのにややこしい内容で…
次回は証拠調べ手続。
0 件のコメント:
コメントを投稿